「ウクライナ」キエフの歴史的建築
淳.EBIの設計室のわななき【2022年03月23日】
上の写真はウクライナの歴史的建造物の超有名なログハウスと石との混構造の教会です。
3月もあっと間に中盤をむかえました。
最近では夏日となる日も発生し、25℃に迫る暖かさに正直びっくりです。
あらためて温暖化も心配、やっぱりログハウスです。
この季節の大敵、花粉症との闘いが始まり、マスクだけでは防ぎきれない花粉の量に集中力を失っているEBIでございます。
コロナが当たり前の通常の社会となり、ワクチンも3回目接種の案内が徐々に始まったところに今度は、とんでもない事になってしまいました。
コロナの次は悲惨なウクライナ、戦争犯罪人プーチン、そして地震と次から次に有事や災害が起こっています。建築家としてますます穏やかな特性いっぱいのログハウスです。
毎日放送されている、ウクライナへの侵攻のニュースは本当にEBIも心が痛みます。
ニュースでは、ウクライナの首都キエフへのロシア軍の侵攻が報道されており、多くの街にミサイルが撃ち込まれ、逃げ惑う多くの人達や歴史的建築作品群が崩壊される姿を見ていると建築家EBIとしても本当に胸を引き裂かれる思いです。
悲しいですね。建築家として、首都キエフにも多くの歴史的建築群があり、一刻も早く戦争が終わってほしいと見守っています。
ウクライナの首都キエフの建築を調べてみますと、西欧諸国では見ることのできない、キエフの黄金時代を代表する建築群が多々あるのです。
丸みを帯びたドーム屋根のビザンティン建築は華やかな意匠で街並みに黄金の輝きが町の風景の所々に見えた理由がわかりました。特に聖マリア大聖堂は、1073年に建立されたキエフの中心にあるキリスト教の大聖堂です。
またもう一つ華やかな建築物の中に異彩を放った「黄金の門」が目に入りました。
これも首都キエフの歴史的築にある史跡です。
この建造物は現地の言葉で「ゾロチー・ヴォロータ」と呼ばれています。
かつて9世紀後半から13世紀半ばにかけて存在した国家、キエフルーシへの入口として使われていました。
小学生の頃に初めて見たとき、EBIはとても驚きました。
レンガ、石、更にはログ壁の混構造になっているのです。
混構造のログハウスでこんなに大きな建物が建てられるのかと驚きました。
1240年にこの黄金の門は、チンギスハンのモンゴル帝国の軍勢によって破壊され、それ以後再建されることがなかった様です。18世紀に門の跡は完全に土に埋まってしまったのですが、発掘調査を行い、史跡として保存されたとの事。
ヨーロッパは陸続きなので、歴史を遡ると周辺国からの侵略との闘いの跡でもあったことがわかりました。
古い建築から歴史を学び、凄い建築は何世紀も残り続け、歴史を語り続ける奥深さも感じます。
これが建築の凄さを、歴史的な建造物の素晴らしさだと改めてEBIも感じました。
EBIも一刻も早く平和になる事を願い、建築が平和の象徴として町や人を守ってくれることを心から願います。そして早くウクライナが平和になり、素晴らしいキエフやウクライナの街並みを訪問出来る日が来る事が来ることを祈っています。
上の写真は岩手県の一関市に弊社ビックボックスが32年前に設計施行したロシア正教会系の聖ハリストフ教会です。
1990年に昇天聖堂と教職舎として作り、初めて造るとんがり帽子の屋根の上に玉ネギ状の造作に苦労しました。キエフの教会にも通じる教会建築作品となっています。
淳.EBIの設計室のわななき【2022年03月23日】